「きれいな空をみたとき、自分は何を考えているのだろう」と考えてみたら、たいてい、妻にこの空の美しさを伝えたいとおもっていることに気づきました。自分ひとりだけで美しさに感動するのもいいのでしょうが、共有する他人がいるというのは、美しさの価値を一層高めるものかもしれません。

個人的な話になりますが、私の妻のことを書きます。育児と家事で大忙しの毎日を送りながら、いつも夕食を準備して、帰宅の遅い私を待っています。「これ買っていい?」というときは、家事に関するものか、子どもたちにかかわるもので、結婚してから、妻自身のためになにか贅沢な出費をしたという記憶がありません。私が仕事をがんばれるのは、小さな子どもたち2人の存在はもちろんありますが、私を信頼して、不平も言わずに子どもたちを守っている妻のおかげでもあります。

妻の誕生日を忘れること2年連続。感謝しているといいながら、うっかりな自分を反省します。いつもいる存在だからと甘えず、敬意を払わねばならない他者として、妻に感謝しています。

サティシュ・クマール『君あり、故に我あり』という本があります。西洋哲学の礎を築いたデカルトは「我おもう、故に我あり』と自己中心の世界観を提示しましたが、サティシュ・クマールは他者がいるからこそ、自分がいるのだと素晴らしい発見を示しています。

他人もペットも植物も野生の動物も、私たちにとっては他者です。その他者に感謝しながら、毎日を送りたいとおもっています。