小さいころ、パイロットになりたいとおもっていた時期がありました。私が小学生のころは、飛行中のジャンボジェット機のコックピットを見学することができましたが、そのときに目にした光景の強烈な印象も一因だったとおもう。

記憶のなかでは、見学するのはいつも夜のコックピット。暗い中で無数の小さなランプが光り、機械式スイッチがびっしりと目の前、天井、横の壁に並んでいて、それは高度1000メートルの上空でみる最高の景色でした。

(テロが世界を一変させ、コックピットに一般人が気軽に入ることは不可能になりました。いつかコックピットのドアが開かれたなら、それは世界が再びある種の平和を取り戻したということでしょう)

空に対するあこがれ、とでもいうのでしょうか。毎日、通勤のとき、空を見上げます。遠い空はどんなにながめていても自分のものにはならない。詩人の長田弘さんが気づかせてくれたように、もっとも美しいものはだれの所有物にもなりえないのでしょう。

ときおり、『グッド・フライト、グッド・ナイト パイロットが誘う最高の空旅』という本を手にとります。著者はパイロットであり、詩人ともいえるような表現力をもったマーク・ヴァンホーナッカーさん、訳は岡本由香子さん。どこのページを開いてもいいとおもいます、そこには著者が空を飛ぶことを愛していること、世界を立体的にとらえられること、パイロットであるということの素晴らしさ、そうしたことが深い言葉で表現されています。

パイロットだからこそ見える世界の形についての文章、昨夜はそこに目が止まりました。

では、地球を空から見たら、どんなふうに見えるのだろう。パイロットになる前にこういう質問をされたなら、やはり地方出身者らしく、住んでいる場所や旅行した場所など、自分が見てきたものを中心に答えただろう。木々、連なる丘、大きな都市に挟まれるように点在する小さな町について語ったはずだ。だが、今はちがう。パイロットとしては、地球の大部分には人が住んでいない、と答える。

地球の7割が水に覆われているのはいうまでもないが、そうでない部分も大半は人がほとんど住んでいない。暑すぎるか、寒すぎるか、乾燥しすぎているか、標高が高すぎるせいだ。これは知識としては教わっていたとしても、普段は意識していない事実ではないだろうか。そういう状況を目にする機会がない以上、実感できないのも無理はない。もちろん旅客機の窓から、広大な、空っぽ同然の地域を眺めることはあるだろう。出発地と目的地のあいだにあるそうした地域は、地球表面の特徴をよく表している。人間が服を着なくても24時間生きられる地域は、地球上におよそ15%しかないという説もある。季節や天候等に左右されるだろうが、旅客機のコックピットから見るかぎり、この推定は妥当だと思う。